HEG-20-10-3|The Politics of Supported Bias
精子の系譜はなぜ特権化されたのか
── 生殖バイアスの制度化
「男系男子」は、自然ではない。
それは、一つの制度である。
しかし制度は、自然から直接に生まれない。
制度は価値を固定し、価値はバイアスを固定する。
なぜ数ある生殖の連続性の中で、精子の系譜だけが制度的に特権化されたのだろうか。
生殖には様々な「系譜」がある。
父系。母系。
Y染色体。ミトコンドリア。
妊娠。出産。養育。
どれも生命の持続には不可欠である。
しかし歴史上、多くの社会では、そのうち一つが継承の正統性として特権的に制度化された。
精子の系譜である。
ここで重要なのは、「精子の方が本質的だった」ということではない。
むしろ逆である。
制度が、精子の系譜を特権化した。
では、なぜそうなったのか。
われわれは、それを自然の必然とは考えない。
そこには複数の support が重なっていた。
- 父権制
- 家制度
- 側室制度
- 財産相続
- 軍事組織
- 氏族構造
つまり、精子の系譜は、生物学によって特権化されたのではない。
それは、不可視のsupportによって支えられた 制度によって特権化された。
現在起きていることは、生物学の変化ではない。
support の変化である。
側室制度はなくなった。家制度も変わった。出生率も変わった。
精子の系譜だけを特権化する制度は、すでに自らの support を失っている。
だから現在の問題は、男系か女系かという対立ではない。
本当の問いは、
どの生殖の系譜に制度的価値を与えるのか
という問いなのである。
生命は本来、共同編集である。
受精も、妊娠も、出産も、養育も、共同編集である。
にもかかわらず、制度はその共同編集を、精子の系譜 という一本の線へ還元してきた。
それゆえ、本当の問いは、
精子の系譜はなぜ特権化されたのか
ではなく、
なぜ共同編集された生命は、一つの系譜へ制度的に還元されたのか
にある。
ここで、制度論と生殖学が交差する。
「男系男子」が何を継承しているのかを生物学的に分解すると、少なくとも三つの「系譜」がある。
- 精子の系譜
- 父系の連続性
- 男系男子ではここが制度的に特権化される。
- Y染色体の系譜
- 男子だけが受け継ぐ。
- 「男系男子」は結果としてY染色体の継続も含意するが、制度上の要件は「Y染色体」ではなく父系血統なので、両者は概念上、区別される。
- ミトコンドリアDNAの系譜
- 母から子へ受け継がれる。
- 男子も女子も受け継ぐが、次世代へ伝えるのは通常は女性だけ。
- こちらは制度上ほとんど顧みられない。
「精子の系譜」と「Y染色体の系譜」は一致しそうで一致しない。
| 生物学的系譜 | 継承 | 制度的位置づけ |
|---|---|---|
| 精子の系譜 | 父→子 | 男系男子で重視 |
| Y染色体 | 父→男子 | 結果として維持される |
| ミトコンドリア | 母→全子 | 制度上ほぼ不可視 |
なぜ制度は、この三つの系譜のうち「精子の系譜」だけを特権化したのか。
これは生物学の問いではない。
価値論・制度論の問いである。
制度は生物学を写しているのではない。生物学のある側面に価値を与え、それを制度として固定している。
生命は、
- 精子だけでは生まれない。
- 卵子だけでも生まれない。
- 子宮だけでも生まれない。
生命は、共同編集の結果として生まれる。
にもかかわらず、継承制度はその共同編集を一つの系譜に還元してきた。
ここが制度論としての論点となる。
制度とは、バイアスを固定する装置ではない。
制度とは、あるバイアスを支える support を持続させる装置である。
そして、あらゆる制度は、何らかの系譜を選び、何らかの系譜を背景化する。
「精子の系譜」とは、共同編集論から制度論へ橋を架ける理論語彙である。
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