Dilemma of Game-Theory Trilogy
囚人のモダリティ
── 選択と現れ
Prisoner’s Modality: Choice and Appearance
「囚人」と聞いて、多くの社会科学者が思い浮かべるのは「囚人のジレンマ」だろう。
二人の囚人がいる。それぞれに選択肢が与えられる。相手が何を選ぶかはわからない。その条件のもとで、自分は何を選択するのか。
ここで分析されるのは、選択(choice) である。
選択肢があり、利得があり、他者の選択についての予想があり、その組み合わせから一定の帰結が生じる。
では、囚人がまだ何も選択していないとき、何も起きていないのだろうか。
そうではない。
囚人には、世界が現れている。
本稿では、この「選択」とは異なる次元を、ひとまずモダリティ(modality) と呼んでみたい。
1|同じ囚人、違う現れ
一人の囚人を考えてみる。
彼は刑務所に拘束されている。
行動できる場所は限られ、日課も決められている。どこへ行くか、いつ行くかを、そのつど自分で考える必要はほとんどない。
ここでは、場所と時間が消滅しているわけではない。
むしろ、それらは厳密に存在している。
しかし、囚人自身の現象としては、場所と時間は後景へ退きうる。
これを仮に、
\[\boxed{(FB)(BA)}\]と記してみる。
FBはFront/Back、BAはBefore/Afterを示す。
ここでFBを空間、BAを時間と定義する必要はない。
重要なのは、どの差異が前景化し、どの差異が後景へ退いているかである。
2|面会が待ち遠しい
同じ囚人に、三日後の面会予定が入ったとする。
刑務所は同じである。
独房も同じである。
拘束も続いている。
ところが、現れ方が変わる。
あと三日。
明日。
あと一時間。
それまで後景へ退いていたBefore/Afterが、急に前景へ出てくる。
\[\boxed{BA/(FB)}\]囚人はまだ何も「選択」していない。
刑務所から出たわけでもない。
制度的地位も変わっていない。
それでも、現象modeは変わった。
ここに、選択の分析だけでは捉えにくい差異がある。
3|囚人のジレンマから、囚人のモダリティへ
囚人のジレンマでは、問いはおおむね次のような形をとる。
\[\text{What does the prisoner choose?}\]囚人のモダリティが問うのは、少し違う。
\[\text{How does the situation appear?}\]両者は競合する理論ではない。
分析しているものが違う。
囚人のジレンマでは、選択肢と利得の配置が分析の足場になる。
囚人のモダリティでは、何が前景化し、何が後景化しているかが観察対象になる。
したがって、
\[\boxed{ \text{Choice}\;|\;\text{Appearance} }\]である。
選択か、現れか、ではない。
選択と現れである。
4|選択しなくても、現れは違う
この区別には、単純だが重要な含意がある。
選択しなくても、現れは違う。
同じ場所。
同じ制度。
同じ拘束。
同じ人物。
それでも、
\[(FB)(BA) \qquad|\qquad BA/(FB)\]という差異が現れうる。
ここで変化したものを、ただちに「主体の内面」や「心理状態」と呼ぶ必要はない。
また、外的環境が客観的に変化した、とだけ記述する必要もない。
まず観察できるのは、ある差異が前景化し、別の差異が後景化したということである。
モダリティとは、この現れ方の差異を記述するための仮設語である。
5|脱走者のモダリティ
この区別は、囚人が脱走するとさらに見えやすくなる。
脱走した瞬間、どこへ行くか。
いつ動くか。
どこに隠れるか。
いつここを離れるか。
空間的・時間的差異が一気に前景化する。
\[\boxed{FB/BA}\]しかし、脱走者が物陰で息を潜めれば、
\[\boxed{BA/(FB)}\]となりうる。
まだか。
もう行けるか。
今度はBefore/Afterが前景化する。
ところが発見され、追跡されれば、右か、左か。
出口はどこか。
どれだけ距離があるか。
Front/Back側が強く前景化する。
\[\boxed{FB/(BA)}\]同じ脱走者である。
同じ「離脱」という記述の内部にいる。
それでも、現象modeは同じではない。
LE-02で導入した現象構文が、遭遇・待機・拘束・離脱そのものとは別の記述層として必要になるのは、このためである。
LE-02|遭遇する生命構文 ── 自由・自律とその影|The Syntax of Life in Encounter — Freedom, Autonomy, and Their Shadows
6|選択以前ではなく、選択とは別に
ここで注意したい。
モダリティを「選択以前」と定義すると、ふたたび、
\[\text{Appearance}\rightarrow\text{Choice}\]という時間的あるいは因果的な順序を置いてしまう。
現れがあり、そのあと選択が生まれる、と主張したいわけではない。
だから本稿の副題は、
「選択の前の現れ」ではなく、「選択と現れ」
である。
選択している最中にも、現れはある。
選択したあとにも、現れは変わりうる。
選択しなくても、現れは違いうる。
したがって両者は、
\[\boxed{ \text{Choice} \qquad|\qquad \text{Appearance} }\]として、いったん並べておくほうがよい。
7|囚人は何を選ぶか。囚人には何が現れるか。
社会科学は、選択を観察することで多くのものを記述してきた。
誰が何を選ぶのか。
どの選択が合理的なのか。
どの制度がどの選択を誘発するのか。
それらは重要な問いである。
しかし、生命は選択するときだけ生きているわけではない。
待っている。
拘束されている。
遭遇する。
離脱する。
何も決めていないように見えるときにも、何かが前景化し、何かが後景へ退いている。
ならば、選択について問うのとは別に、もう一つの問いを置いてみてもよい。
囚人は、何を選ぶのか。
そして、
囚人には、何が現れているのか。
前者が囚人のジレンマなら、
後者を、ひとまずこう呼んでみる。
\[\boxed{\textbf{Prisoner's Modality}}\]囚人のモダリティ。
選択と現れ。
どちらかではない。
まずは、その差異を残しておく。
What does the prisoner choose?
What appears to the prisoner?
How does it appear?
選択の合理性の手前で、何が前景化し何が後景に退いているのだろうか
── 理不尽な現れ、合理的な選択
TUP-PL-00|循環する自由人 ── 拘束と離脱、自律と他律のマトリクス
TUP-PL-07|EgQE Integrated Short Essay|自由人のための生命論 ── 逃げながら、関わる
TUP-LIF-04|生命と自由 ── 生命は逃げながら、関わる
囚人のジレンマは、理不尽な現れにおける、合理的な選択かもしれない。
Dilemma of Game-Theory Trilogy
\[01=Modality 02=Prisoner 03=Game Theory\]PM-01|囚人のモダリティ
── 選択と現れ
PM-02|囚人はチェスの駒ではない
── 囚人のジレンマはなぜ繰り返しゲームの中で変容するのか
PM-03|ゲーム理論のジレンマ
── なぜ囚人は番号で呼ばれるのか
PM-01:囚人には、何がどう現れるのか。
PM-02:なぜ反復すると、同じゲームでなくなるのか。
PM-03:ゲーム理論は何を前景化し、何を背景化したのか。
TUP-PL-PM-01|囚人のモダリティ ── 選択と現れ|Prisoner’s Modality: Choice and Appearance
TUP-PL-PM-02|囚人はチェスの駒ではない ── 囚人のジレンマはなぜ繰り返しゲームの中で変容するのか|The Prisoner Is Not a Chess Piece — Why Does the Prisoner’s Dilemma Change in Repeated Games?
TUP-PL-PM-03|ゲーム理論のジレンマ ── なぜ囚人は番号で呼ばれるのか|The Dilemma of Game Theory — Why Is the Prisoner Called by a Number?
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