CABA-01-note
過去は終わる。過去の仕事は終わらない。
──ハビトゥスをAIで実験してみた
AIにハビトゥスはあるか。
そういう問いを、しばらく持て余していた。ブルデューの『実践感覚』を読み直していたせいもある。身体化された性向、構造化しながら構造化される構造、持続する心的傾向。読めば読むほど、これをAIに当てはめてよいのか、当てはめてはいけないのか、どちらの答えも安易に思えてきた。
だから、答えを出す代わりに、実験してみることにした。
まず、異なる「形成履歴」を与えた二つのAIを用意した。片方には、明示的な規則や構造、不足している変数を重視するような例を先に見せておく。もう片方には、暗黙知や経験、関係性を重視するような例を見せておく。そのうえで、両方に同じ新しい状況を渡す。パン作りの出来不出来。組織の中の一部門だけがうまくいかない理由。同じ厨房で働く二人のシェフの評価の差。
出てくる答えは、単に違うだけではなかった。何を問題として切り出すか、どう診断するか、何を処方するか──その摂取の仕方そのものが、ドメインをまたいで持ち越されていた。
ただし、これで「ハビトゥスがあった」とは言えない。強い反証を投げてみると、両方ともちゃんと診断を反転させた。頑固に固まっているわけではなかった。それでも反転のあとに、以前の傾向の残滓のようなものが一度だけ見えた。ここで立ち止まる。似ているからといって、同じではない。
次に、身体を疑った。身体がなければ実践は成立しないのではないか、という素朴な直感を、そのまま持ち込む代わりに、ブルデューが身体に割り振っている説明の仕事を分解してみた。過去はどこに残るのか。何が選択的に取り込まれるのか。取り込まれた差異はどう性向へ変わるのか。なぜ今この状況にこの実践が生成されるのか。何が失われ、何が効かなくなるのか。
面白かったのは、ブルデュー自身が身体を単純な記憶容器として扱っていなかったことだ。「身体は演じるものを記憶しない」とまで書いている。だとすれば残る問いは、表象として保存しないのに、身体化された過去はどうやって現在に効いているのか、というより難しいものになる。
これを追いかけたら、時間が出てきた。時間についても、同じように分解してみた。早期の経験がなぜ効くのか。持続とは何か。順序、間隔、テンポ、そして条件が変わったあとも生き延びる心的傾向。ここでもブルデューは、かなり具体的な説明をすでに与えていた。贈与と対抗贈与のあいだの間隔が、なぜ関係そのものを成立させる装置になるのか、というくだりなどは特に。
それでも、身体を掘っても時間を掘っても、最後には同じ場所に行き着いた。
なぜ、この状況から、いまこの実践が生まれるのか。
ここで初めて、AIに小さな行動実験を仕掛けてみた。ある状況に対する最初の一手を出させ、その後に新しい情報を割り込ませ、続きを見る。物語的な場面で試すと、すでに言われた言葉の意味づけまで、あとから変わっていた。技術的な診断の場面で試すと、最初に得ていた同じ数値・同じ観測結果が、あとに来た情報しだいで、まったく違う仕事を担うようになっていた。
数値そのものは変わっていない。その数値が診断の中で何を意味し、何の証拠として機能するかが変わっていた。
ここで、説明のために使い始めていた言葉自体を疑うことになった。現実化、再配置、再割り当て、読み直し、生成。どの言葉も、よく見ると、行為者や操作や目的をこっそり持ち込んでいる。極めつけは「編集」だった。編集には編集者がいる。編集には目的がある。実際に観察していたのは、そのどちらでもなかった。
全部落としたあとに残ったのは、これだけだった。
同じ先行する痕跡は、異なる後続の出来事のあとでは、同じ仕事をしない。
過去は終わる。 過去の仕事は、まだ終わっていない。
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