SVA-03|休息をactivityの対抗理念にしない休息論のために
Toward a Theory of Rest That Is Not Against Activity
休息をactivityの対抗理念にしない休息論のために。
と、タイトルを書いた。
ために。
もう、FORがいる。
SVA-02で、
あれだけFORを疑った。
休息を、何かのために働かせない。
NESTを、NEXTの待合室にしない。
FORを外すことを、新しいFORにしない。
そう書いた。
それだのに、
次のタイトルを書いた途端、
FORが帰ってきた。
どうやら、FORを追い出すことはできない。
いや。
追い出す必要も、ないのかもしれない。
1|休息を救う
SVAは、activityのshadowから始まった。
われわれは、活動するものを見る。
働く。
つくる。
語る。
考える。
行動する。
そのとき、活動していないものは、背景へ退く。
休む。
待つ。
眠る。
何もしない。
SVA-00では、その照明そのものを疑った。
activity / inactivityという区別そのものが、
一つの照明ではないか。
それでも、
shadowが見えたなら、つい救いたくなる。
休息も大切だ。
何もしないことにも価値がある。
眠ることは重要だ。
inactivityを取り戻そう。
とても自然な流れである。
それだのに、
ここでまた、少し怪しくなる。
2|反転する
activityばかりが評価されてきた。
ならば、restを評価しよう。
actionばかりが重視されてきた。
ならば、contemplationを取り戻そう。
performanceばかりが求められてきた。
ならば、inactivityを守ろう。
foregroundとshadowを、ひっくり返す。
すると、
今度は休息に光が当たる。
REST
がforegroundへ出る。
よかった。
それだのに、
照明装置は、そのままではないだろうか。
光を当てる対象を、activityからrestへ変えただけ。
ならば、
shadowには今度、activityが落ちる。
3|休息は、活動の敵なのか
休息を救おうとすると、activityが敵に見えてくることがある。
働きすぎるな。
生産するな。
最適化するな。
成果を求めるな。
次へ行くな。
何もしない時間を取り戻せ。
これらには、それぞれ理由がある。
必要な批判でもある。
しかし、休息をactivityへの抵抗としてだけ置いた瞬間、
新しい矢印ができる。
Rest → against → Activity
休息は、activityに対抗する仕事を与えられる。
また、働き始める。
休息が、activityと戦うためのactivityになる。
これは、少し忙しい。
4|AGAINST
SVA-02では、FORを疑った。
何のために休むのか。
次のactivityのため?
回復のため?
performanceのため?
そこで、こう書いた。
NEST → for → NEXT
にしない。
しかし、
FORを外したあとにも、別の矢印は置ける。
NEST → against → NEXT
NEXTに抵抗するためのNEST。
activityに抵抗するためのrest。
performanceに抵抗するためのinactivity。
すると、
NESTはNEXTを必要としないはずだったのに、別の意味で、
NEXTを必要とする。
対抗する相手として。
AGAINSTは、
相手を必要とする。
敵がいなければ、対抗理念は、
対抗できない。
5|対抗理念は敵に依存する
これは、妙な関係である。
activityを否定することで、restを定義する。
NEXTを拒むことで、NESTを定義する。
すると、
activityが消えれば、restの意味も揺らぐ。
NEXTが消えれば、NESTの意味も揺らぐ。
対抗理念は、
敵を否定しながら、敵に依存する。
だから、activityの支配から休息を救い出したあと、休息を
anti-activity
として固定してしまえば、まだactivityから離れられていない。
Rest ≠ anti-activity.
たぶん、ここを通らなければならない。
6|ハン兄さんを休息軍の大将にしない
ここで、ハン兄さんがまた現れる。
ハンは、performance societyを批判する。
過剰なactivityを批判する。
inactivityを擁護する。
contemplationを擁護する。
留まること。
聴くこと。
祝祭。
何もしないこと。
だから、つい配置したくなる。
こちらに、Vita Activa。
あちらに、Vita Contemplativa。
こちらに、activity。
あちらに、inactivity。
こちらに、performance。
あちらに、rest。
そして、
ハン兄さんを、休息軍の大将にする。
しかし、それはハン自身というより、
われわれの読み方がつくった戦場かもしれない。
ハンを、
activityに対するinactivityの哲学者
として固定した瞬間、われわれはまた、二つの陣営をつくる。
休息を救うために、
戦争を始めてしまう。
7|アレントおばさんを活動軍の大将にしない
もちろん、反対側には、アレントおばさんを置きたくなる。
labor。
work。
action。
vita activa.
働き者。
活動する人。
NESTに入っても、
thinkingする人。
では、
アレントおばさんは、活動軍の大将なのだろうか。
これも、さすがに乱暴である。
アレントは、ただ「活動せよ」と言っていたわけではない。
thinkingも扱った。
withdrawalも扱った。
人間の生を、単一のactivityへ還元したわけでもない。
それだのに、
SVAという照明を当てると、
アレントおばさん=activity、
ハン兄さん=inactivity、
という配置が、あまりにも簡単にできてしまう。
簡単すぎる配置は、疑ったほうがいい。
8|哲学史プロレス
赤コーナー。
VITA ACTIVA.
青コーナー。
VITA CONTEMPLATIVA.
カーン。
🔔
活動か。
休息か。
actionか。
contemplationか。
performanceか。
inactivityか。
アレントか。
ハンか。
勝つのは、
どっちだ。
これは、わかりやすい。
そして、たぶん、
わかりやすすぎる。
どちらかを勝たせた瞬間、もう一方がshadowになる。
照明を反転しただけで、
foreground / shadow
という構文は残る。
SVAは、shadowをforegroundへ移すために始めたのだろうか。
たぶん、
それだけではない。
9|冬一郎は散歩する
冬一郎は、散歩が好きである。
外へ出る。
歩く。
走る。
匂いを嗅ぐ。
立ち止まる。
また歩く。
気になるものがあれば、そちらへ行く。
かなり、activityである。
そして、帰ってくる。
ご飯を食べる。
寝る。
かなり、restである。
寝ているときに、私が邪魔すると、怒る。
いまは来るな。
それだのに、
散歩の時間が来れば、起きることもある。
待っていることさえある。
冬一郎は、休息によって、散歩に抵抗しているわけではない。
散歩することによって、睡眠に抵抗しているわけでもない。
散歩は睡眠の敵ではない。
睡眠も散歩の敵ではない。
10|勝たせなくていい
ここで、妙なことに気づく。
activityとrestを、どちらか一方から説明しなくてもいい。
元気に散歩するために寝る。
それもある。
気持ちよく寝るために散歩する。
そう見えることもある。
散歩したから寝る。
寝ていたけれど散歩へ行く。
NEXTを待つ。
NEXTを拒む。
NEXTを知らずに眠る。
いろいろある。
どれか一つを、正しい関係にしなくてもいい。
Activity does not have to defeat Rest.
Rest does not have to defeat Activity.
どちらにも、勝たせなくていい。
11|休息を正解にしない
休息をactivityのshadowから救い出す。
その仕事は、必要かもしれない。
しかし、救い出した休息を、新しい正解にしない。
ちゃんと休もう。
何もしない時間を持とう。
NEXTを拒もう。
NESTへ帰ろう。
そう言い始めれば、休息にはまた、正しい作法ができる。
SVA-02では、
こう書いた。
NESTを、新しい規則にしない。
これは、
ここでも効いてくる。
休息を守ることと、休息を規範にすることは、同じではない。
activityを批判することと、activityを敵にすることも、同じではない。
Critique ≠ Opposition.
たぶん、
これも分けておいたほうがいい。
12|「ために」を消さない
そして、最初のタイトルへ戻る。
休息をactivityの対抗理念にしない休息論のために。
ために。
FOR。
SVA-02では、FORを疑った。
休息を、次のactivityのために置く。
NESTを、NEXTのために置く。
その矢印を疑った。
そして、
FORを外すことを、
新しいFORにしない。
と書いた。
ここでもう一歩、進めるかもしれない。
問題は、FORそのものだったのだろうか。
FORを外すことを目的にした瞬間、
われわれは、FORのない純粋なNESTを、新しい正解にしてしまう。
ならば、FORを消す必要もない。
FORがあることと、
FORに支配されることは、
同じではない。
何かのために休むこともある。
何かのためではなく、休むこともある。
どちらかを、正しい休息にしなくていい。
同じように、AGAINSTが現れることもある。
いまは来るな。
もう働きたくない。
activityから離れたい。
それもある。
しかし、
AGAINSTがあることと、
敵によって自分を定義することも、
同じではない。
だから、FORを追い出さない。
AGAINSTも、禁止しない。
休息も、勝たせない。
activityも、負けさせない。
それらが現れるたびに、
その関係を見る。
13|SVAらしい休息論
休息とは何か。
まだ、定義しない。
activityではないもの。
とも言わない。
activityへの抵抗。
とも言わない。
次のactivityのための回復。
とも言わない。
NEXTのないNEST。
とも言わない。
待つこともある。
拒むこともある。
動くこともある。
眠ることもある。
そのたびに、関係は変わる。
冬一郎は、散歩へ行く。
帰ってくる。
ご飯を食べる。
寝る。
どちらが本当の冬一郎なのか。
そんなことは、決めなくていい。
散歩している冬一郎も、寝ている冬一郎も、冬一郎である。
休息を、activityの対抗理念にしない。
activityを、休息の対抗理念にもしない。
Rest ≠ anti-activity.
そして、
どちらにも、勝たせなくていい。
冬一郎は、また寝るだろう。
その前に、
散歩へ行くかもしれない。
🐕🪺💤
📚 Further Reading
アリストテレス、アレント、ハンほか、この連作をもう少し掘りたい方へ。
→ 読者のための小さな案内
冬一郎:a Hokkaido dog
── 今日も SVA! SVA! SVA〜♪ SVAらしい SUNDAY〜♬
SVA-00:activity / inactivityという照明そのものを疑う。
👉 SVA 三部作、NEST。 🪺🥚💤
01:時間配置を疑う。
Sabbath has no fixed address.
02:目的配置を疑う。
Does Nest Need a Next?
NESTでは、NEXTに主導権がない。
03:対抗配置を疑う。
Rest ≠ anti-activity.
FORを疑ったこと自体をre-Traceして、FOR排除まで疑う。
SVA-00|Shadow of Vita Activa ── 活動の哲学は、何を影にしたのか
SVA-01|活動するとは、休むのをやめることなのか|Does Activity Begin When Sabbath Ends?
SVA-02|休息は、何かのためにあるのか|Does Nest Need a Next?
SVA-03|休息をactivityの対抗理念にしない休息論のために|Toward a Theory of Rest That Is Not Against Activity
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