AP-02|Amazon Problem 2
Traceは効く
Does a Trace Work?
定価はどこへ消えた?── Homo editus、フロリダ経由でShadowに編集される|note
AP-01では、6,550円が消えた。
しかし、スクリーンショットは残った。
記事も残った。👉 note
記憶も残った。
だから私たちは、
「6,550円は、あった」
と言いたくなる。
では。
そのスクリーンショットが、偽物だったら?
1|偽造された6,550円
条件を変えてみよう。
Amazonで6,550円という価格が表示されたことなど、一度もなかった。
私はAmazonを見ていない。
スクリーンショットはAIで生成した。
記事も、その偽造画像をもとに書いた。
ところが、それを知らない人が記事を読む。
読者はスクリーンショットを見る。
そして思う。
「ああ。この本、一時期6,550円だったのか」
だが、6,550円は、なかった。
少なくともAmazonの価格表示としては。
では、読者に起きたことは何だったのだろう。
2|なかったものが、あったことになる
読者は嘘をついているわけではない。
読者には画像が見えている。
記事も読める。
6,550円という数字も書かれている。
それらは、いま、ある。
しかし、それらが指しているとされる過去は、なかった。
ここでAP-01とは逆の問題が生じる。
AP-01では、
過去に何かがあったとしても、何も残らない場合
を考えた。
今回は、
過去にそれがなかったのに、何かが残っている場合
である。
いや。
また「残っている」と言ってしまった。
AIで画像を生成したこと自体が、新しい出来事ではないか。
記事を書いたことも。
読者が読んだことも。
すると「残ったもの」と「起きたこと」を、単純に二つの箱へ分けることもできない。
3|スクリーンショットは何の痕跡か
偽造されたスクリーンショットは、Amazonで6,550円が表示されたことの痕跡ではない。
その出来事は起きていないからだ。
しかし、スクリーンショットそのものは存在する。
そして、その画像がAIによって生成されたのなら、
AI画像が生成された
という出来事はあった。
つまり、同じ画像について、
「何の痕跡なのか」
という問いの答えが変わる。
Amazonの過去の価格表示の痕跡ではない。
しかし、AI画像生成という別の出来事に関係する何かではありうる。
ここで、
Trace of what?
という問いが現れる。
4|Trace ≠ Evidence
スクリーンショットがあれば、「6,550円だった証拠だ」と言いたくなる。
だが、偽造スクリーンショットはその推論を壊す。
何かがTraceとして扱われることと、それが過去の出来事を正しく証明することは、同じではない。
だから少なくとも、
Trace ≠ Evidence
としておいたほうがよさそうだ。
では、
True Trace / False Trace
と分ければよいのだろうか。
それも怪しい。
画像そのものが「嘘」なのではない。
画像は画像として、そこにある。
嘘になりうるのは、
「この画像は、Amazonで実際に6,550円が表示されたことを示している」
という言明ではないか。
だとすれば、
Traceそのものに真偽があるのか
という問いも開いてくる。
5|偽物でも効く
さらに厄介なのはここである。
偽造スクリーンショットを見た読者は、
「6,550円だった」
と思った。
友人に話すかもしれない。
SNSに書くかもしれない。
「Amazonではこんなことが起きる」と考えるようになるかもしれない。
あとで偽造だと知れば、今度は、
「騙された」
という経験になるかもしれない。
つまり、過去のAmazon表示が実在しなくても、何かは起きる。
偽物だから、何も起きないわけではない。
むしろ、
偽物も効く。
ここで「効く」という言葉が戻ってくる。
6|「効く」は何を意味するのか
以前、Traceを、
次のrelationに「効く」difference
と呼んだことがあった。
しかし「効く」は危険な言葉だった。
Traceそのものに作用能力があるように見える。
因果関係を密輸入するかもしれない。
方向性や機能を前提にするかもしれない。
だから「効く」は、いったん疑われた。
だが、Amazon Problemを通ると、また戻ってくる。
本物のスクリーンショットも効く。
偽造スクリーンショットも効く。
記憶も効く。
記事も効く。
いや。
本当に、Traceが効いているのだろうか。
それとも、何かとのEncounterが起き、何かがなぞられ、何かが更新されたとき、
われわれが後から、
「効いた」
と呼んでいるだけなのだろうか。
7|Trace / Tracing
ここでもう一つ、区別したくなる。
Trace
と
Tracing
である。
何かがそこにあることと、それをなぞることは同じではない。
スクリーンショットが保存されていても、誰も見なければ何が起きるのか。
見る。
読む。
思い出す。
疑う。
比較する。
確かめる。
語り直す。
これらはすべて、単に「何かが残っている」という状態とは違う。
Traceが問題になるとき、Tracingもまた問題になる。
そしてTracingは、同じものをそのまま保存することではない。
8|なぞれば、ズレる
スクリーンショットを見る。
記事を書く。
記事を読む。
翌日に思い出す。
誰かに話す。
同じ6,550円を扱っているように見えて、そのたびに同じものが再現されているわけではない。
何かが選ばれる。
何かが落ちる。
何かが加わる。
何かが変わる。
NAZORU。
そして、
ZURERU。
だとすれば、Traceは、完全に保存されているから効くのではない。
同一のまま運ばれるから効くのでもない。
むしろ、
ZUREても、効く。
場合によっては、
ZUREることで、効く。
のかもしれない。
9|Traceは効く?
AP-01では、何が残ったのかと問うた。
AP-02では、それだけでは足りなくなった。
過去に出来事があっても、何も残らないかもしれない。
過去にその出来事がなくても、画像は生成できる。
生成された画像は、誰かに読まれる。
読まれれば、何かが起きる。
それはさらに、次へ持ち越されるかもしれない。
だから、
Traceとは何か
をまだ決めない。
ただ、一度退場したはずの言葉を、もう一度、被告席に呼び戻しておく。
「効く」
である。
Traceは効く。
いや。
Traceが効く、とはどういうことか。
あるいは、
何かが「Traceとして効いた」とわれわれが呼ぶのは、どんなときなのか。
まだ、判決は出さない。
Amazon Problem は続く。
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