脱実体論:a Lag Ontology
── Mise à jour et décalage
要旨
西洋存在論は長らく、実体的文法のもとで思考されてきた。存在は関係に先立ち、持続は変化に先立ち、同一性は再配分に先立つと想定される。実体は物質であれ精神であれ構造であれ、存在の基底として機能してきた。
本稿は、実体の否定としてではなく、存在論的重心の再配置としての脱実体化(desubstantiation) を提案する。実体は廃棄されるのではない。保存された関係的ラグ再配分の内部における局所的凍結相として再解釈される。
存在とは、保存のもとでの関係的更新である。この更新は単なる時間的推移ではない。ラグとは時間遅延ではなく、構造的非同時性である。保存は担体を要しない。保存されるのは量ではなく、再配分の総和である。
したがって、持続が更新を基礎づけるのではない。
更新が持続を基礎づけるのである。
脱実体化は、存在を流動へと解消するものではない。それは存在論の重心を、保存された非対称性へと移す試みである。
I. 実体論的文法
アリストテレス以来、存在は変化を貫いて持続するものとして理解されてきた。近代においても、実体は物質的・精神的・あるいは構造的形態をとりつつ、存在の基盤として機能する。
その文法は三つの前提に要約できる。
-
持続は変化に先立つ。
-
同一性は関係に先立つ。
-
保存は担体を必要とする。
この枠組みにおいて、変化は常に二次的である。すでに存在する何かの変形としてのみ理解される。
II. 関係的更新と保存
本稿が採る出発点は異なる。
存在とは、保存のもとでの関係的更新である。
更新とは出来事の連鎖ではない。それは関係配置の再配分である。ラグとは時間差ではなく、構造的非同時性である。非同時性があるからこそ、再配分は不可逆となる。
保存は実体の保存ではない。保存されるのは、再配分の総和である。担体は不要である。持続とは、更新の特定の相でしかない。
III. なぜ実体は現れるのか
それにもかかわらず、実体はなぜこれほどまでに自明に見えるのか。
更新は三つの相をとる。
-
拡散
-
偏在
-
凍結
凍結相は境界と同一性を生み、安定した配置を形成する。この局所安定が、実体として経験される。
しかし凍結は存在の基底ではない。それはラグ密度が局所的に高まった安定解である。
実体とは、安定化したラグの現象学である。
IV. 脱実体化
脱実体化とは、実体の削除ではない。
実体を存在論の基底から降ろし、局所安定の効果として再定位することである。
持続が更新を説明するのではない。
更新が持続を説明する。
実体論と純粋流動論という対称的な誤りを同時に回避しつつ、存在を非可逆な再配分として理解する。
V. ラグ存在論
ラグ存在論は、存在を実体からではなく、非同時性から始める。
ラグは生成的非対称性である。
不可逆性は投影において現れる。
安定は局所的密度として現れる。
起源は閾値通過として現れる。
存在は担体でも流動でもない。
存在とは、不可逆なラグ再配分の歴史である。
結語
存在は実体ではない。
存在は保存された非対称性である。
存在とは、不可逆な再配分である。
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