CABA-03-K|Kosoado
Development Note|無彼の羅生門
── こ・そ・あ・ど 全件採取台帳と稿の生成記録
0|このDevelopment Noteについて
本ノートは、芥川龍之介「羅生門」を、こ・そ・あ・どの表面形を拾いながら読んだ際の採取記録である。
公開稿:CABA-03-K-01
「無彼の羅生門──此処と其処の楼上」
に先立って行った全件採取、引用地点の確認、監査による修正履歴を残す。
出発点は単純だった。
「こ(此)」がある。
「そ(其)」がある。
「ど(何)」もある。
ところが、典型的な「あ(彼)」系列が、まったく見当たらない。
ここから、
無彼の羅生門
という仮の名前が生まれた。
ただし、「無彼」は説明ではない。
作者意図についての主張でもない。
日本語一般についての主張でもない。
一つの本文を採取したところ、何があり、何が採れなかったのか。
まず、そのTraceを残す。
Observation first. Interpretation later.
1|Scope|採取範囲
採取対象は、青空文庫・新字新仮名版の芥川龍之介「羅生門」。
底本は『芥川龍之介全集1』ちくま文庫。
本ノートでは、この改稿後の本文だけを採取対象とする。
1915年11月『帝國文學』初出本文、および1917年5月刊の短編集『羅生門』(阿蘭陀書房)収録本文は、今回の全件採取には含めない。
したがって、本ノートでいう「あ系列の不在」は、
この使用本文における観察
である。
One text ≠ Japanese language.
One version ≠ Every version.
2|Collection Rule|採取規則
最初から「指示詞とは何か」を決めて本文を分類しない。
まず、こ・そ・あ・どに関係しそうな表面形を採る。
そのあとで、何をしているかを見る。
したがって、
「この」「ここ」
「その」「そこ」
だけでなく、
「そこで」
「それから」
「そうして」
「すると」
「どうせ」
なども、採取段階では排除しない。
ただし、
Surface family ≠ Same grammatical function.
同じ系列に見えるからといって、同じ文法的機能、同じWorkを持つとはみなさない。
また、「所があれば」の「あれ」は動詞「ある」の活用形であり、「あれ・あの・あそこ」等の指示系列には数えない。
同様に、本文に現れる「ある」についても、指示詞の「あ」系列とは区別する。
採取と分類を一度に済ませない。
Occurrence first. Classification later.
3|Full Inventory|全件採取台帳
以下、本文の進行に沿って採取した表面形を置く。
ここでは原則として「何を指しているか」「どんな機能か」を確定しない。
3-1|門の下・冒頭部
この男
この男
この男
この二三年
そこで
その丹
その始末
その荒れ果てたの
この門
そこで
この門
その代り
どこからか
その鴉
それが
そうして
その崩れ目
どうしよう
その主人
この下人
この衰微
その上
この平安朝
そこで
どうにか
どうにも
どうにか
そうして
この門
この局所
この「すれば」
その後
それから
どこかへ
すでにここだけで、「そ」は場所を指す形だけには収まらない。
ただし、ここでは分類しない。
採る。
3-2|寝場所を探し、梯子を見つける
そこで
すると
これも
どうせ
そこで
その梯子
この付近には、
「一晩楽にねられそうな所があれば、そこで……」
という形が現れる。
「そこ」が、先に固有の地点名として確定した場所だけに使われるとは限らない可能性が見える。
ただし、これもここではObservationにとどめる。
3-3|梯子から楼上へ
それから
その男
この上
それが
その火
そこここと
これは
その濁った光
それと知れた
この雨の夜
この羅生門の上
どうせ
そうして
公開稿の副題、
「此処と其処の楼上」
へつながった主要な採取地点の一つ。
ただし、ここでの「この上」は、単純に外部の語り手が楼上を指しているわけではない。
本文は、
「下人は、始めから、この上にいる者は、死人ばかりだと高を括っていた」
と、下人の思考に沿って進む。
この点は、後の監査で重要な修正点となった。
3-4|死骸と老婆
その中
そうして
その死骸
それが
それらの死骸
その手
この男
その時
その死骸
その老婆
その死骸
すると
それから
その長い髪
その髪の毛
そうして
それと同時に
この老婆
この老婆
この時
この下人
この男
この男
それを
この雨の夜
この羅生門の上
それだけ
この区間では、とくに「その」が繰り返し現れる。
しかし、
frequency ≠ function
である。
多いことと、同じ仕事をしていることは別である。
3-5|下人と老婆の対決
そこで
どこへ行く
こう罵った
それでも
それを
そこへ
これだぞよ
その眼
これを見る
この老婆
そうして
この意識
それが
そこで
こう云った
この門の下
どうしよう
この門の上
それを
ここに、
「おのれ、どこへ行く。」
が現れる。
その後、下人は老婆の行手を塞ぐ。
また、二人が「死骸の中」でつかみ合ったあと、
「無理にそこへねじ倒した」
と書かれる。
当初、この「そこ」を指示対象の定まりにくい場所として読もうとした。
しかし監査によって、直前の「死骸の中で」を十分に考慮していなかったことが判明した。
採取へ戻ることで、解釈を一度戻した地点である。
3-6|老婆の弁明
すると
その下人
それから
その時
その喉
この髪
この髪
そうして
すると
その気色
こんな事
ここにいる死人ども
そのくらい
この女
それも
この女
これとても
その仕方
この女
ここで、
「ここにいる死人ども」
が現れる。
これは老婆自身の直接話法である。
叙述に現れる「この男」。
下人の思考に沿って現れる「この上」。
老婆の口から出る「ここ」。
同じ「こ」系列を、一つのWorkへまとめることが難しくなってくる。
3-7|反転から結末へ
その太刀
この話
これを
それは
この男
そうして
この門
この老婆
その時
この男
そうか
そうして
こう云った
そうしなければ
それから
その裸の体
それから間もなく
そうして
そこから
老婆は「梯子の口まで」這っていく。
その直後、
「そこから」
門の下を覗きこむ。
この「そこ」は、直前の「梯子の口」との関係が比較的明瞭である。
先の「そこへ」と並べることで、
Same そこ ≠ Same Work ?
という問いが生まれた。
そして、使用本文は、
「下人の行方は、誰も知らない。」
で終わる。
4|Zero Inventory|採れなかったもの
今回の採取で、典型的な「あ」系列について確認した結果は以下の通り。
| 表面形 | 出現 |
|---|---|
| あの | 0 |
| あれ | 0 |
| あそこ | 0 |
| ああ | 0 |
| あんな | 0 |
このZero Inventoryが、
無彼の羅生門
という仮称の出発点となった。
ただし、
Zero occurrence ≠ Deliberate avoidance.
芥川が意図的に「あ」を排除したとは、この採取だけからは言えない。
また、
Absence in one text ≠ Absence in language.
一作品におけるゼロを、日本語一般の構造へ拡張しない。
今回の獲物は、
「あ」がない理由ではない。
「あ」が採れなかったというTrace
である。
採れなかったことが獲物になった。
5|Side Find|「あ」はいない。「或」はいる。
Zero Inventoryを確認する過程で、別の「あ」が見つかった。
『羅生門』は、
「ある日の暮方」
から始まる。
さらに本文には、
ある強い感情
ある勇気
ある仕事
が現れる。
これは、「あの」「あれ」「あそこ」等の指示系列とは別の「ある」である。
したがって、Zero Inventoryは動かない。
しかし、「あ」系列が一つも採れなかった本文が、
「ある」から始まる。
この事実は別の石として残す。
無彼 ≠ 無或
今回は接続を説明しない。
6|Quotation Anchors|公開稿の引用地点
公開稿では、全件採取から以下の地点を主な杭として選んだ。
A|「この男」
冒頭部。
下人を本文が繰り返し「この男」と呼ぶ。
同時に、この作品では、
「作者はさっき、……と書いた」
と、書いている者自身が本文に顔を出す。
「この男」の「こ」が何に錨を下ろしているのかは未判定。
B|「この上」
梯子から楼上を窺う場面。
「この上にいる者」
ただし、これは単純な外部叙述として扱わない。
「死人ばかりだと高を括っていた」という下人の思考に沿った叙述の中に現れる。
したがって、
Same この ≠ Same Work ?
という問いが残る。
C|「どこへ行く」
老婆が逃げようとする場面。
「おのれ、どこへ行く。」
直後に下人は老婆の行手を塞ぐ。
問いの形をしているが、少なくとも行き先について情報を取得することだけが、この発話のWorkではないように見える。
D|「そこへ」
二人が死骸の中でつかみ合う場面。
「無理にそこへねじ倒した」
直前には「二人は死骸の中で」とある。
したがって、「そこ」の指示先が不明だと強く主張しない。
E|「ここにいる死人ども」
老婆の直接話法。
「ここにいる死人ども」
叙述の「この」と、登場人物自身が発する「ここ」を同一視しない。
F|「そこから」
老婆が「梯子の口まで」這った直後。
「そこから」
門の下を覗く。
先行する場所との関係が比較的明瞭な「そこ」。
Dの「そこへ」と並べ、
Same そこ ≠ Same Work ?
という問いを残した。
G|結末
「下人の行方は、誰も知らない。」
本稿で使用した改稿後本文の最終文。
この結末については、本文の版の履歴を別途確認した。
7|Version Audit|結末の改稿
『羅生門』は1915年11月『帝國文學』に初出した。
1917年5月には短編集『羅生門』(阿蘭陀書房)に収録され、1918年7月には短編集『鼻』(春陽堂)に収録された。
『芥川龍之介大事典』を典拠とする国立国会図書館レファレンス協同データベースの調査によれば、『鼻』収録時に大幅な改稿が行われ、初出で下人が京都の町へ強盗に向かうことを記していた結びは、現在の、
「下人の行方は、誰も知らない。」
へ改められた。
公開稿では、この差を、
初出には具体的な行き先が書かれていた。
改稿後には、その行き先が書かれていない。
という範囲で使用する。
「おのれ、どこへ行く」と結末の改稿が作者によって意図的に対応させられた、とは主張しない。
また、今回の全件採取は改稿後の使用本文のみを対象としている。
したがって、
改稿後の「あ」系列ゼロ ≠ 初出本文の「あ」系列ゼロ
である。
初出および1917年版の全件採取は、今回の仕事には含めない。
坑口だけ置いておく。
8|Audit Log|稿が動いたところ
公開稿の初期ドラフトを書いたあと、採取台帳と原文へ戻って監査した。
その結果、少なくとも以下の修正が生じた。
Audit 01|「この上」
当初は、
「下人がまだ楼上へ到着していないのに『この上』と呼ばれる」
ことを強く読もうとした。
しかし原文へ戻ると、「この上」は下人の思考に沿った叙述の中に現れている。
そこで、
身体の到着/非到着
から一般化する読みを撤回した。
代わって、
「この男」と「この上」は、同じ「この」でも異なる位置で働いている可能性
を残した。
Audit 02|「そこへ」
当初、「そこへ」の指示先が定まりにくいことを強く読もうとした。
しかし直前には、
「二人は死骸の中で」
とある。
この前後関係を十分に扱わず「そこ=どこ?」を前へ出すのは、本文より先に歩いていた。
そこで解釈を戻した。
Audit 03|本文に「作者」がいる
冒頭部には、
「作者はさっき、……と書いた」
という自己言及的な叙述がある。
これは「この男」の「こ」を読む際の候補となりうる。
ただし、
「この男」の「こ」=作者の位置
とは確定しない。
Attractionとして残す。
Audit 04|「或る」の発見
「あ」系列のZero Inventoryを確認する一方で、
「ある日の暮方」
「ある強い感情」
「ある勇気」
「ある仕事」
が採れた。
これらは指示詞の「あ」系列ではない。
しかし、
無彼 ≠ 無或
という別の石を残した。
Audit 05|結末には版の履歴がある
「下人の行方は、誰も知らない。」を作品の結末として扱う前に、初出との違いを確認した。
その結果、具体的な行き先を記した初出の結びが、後の改稿で現在の結びへ変わったことを確認した。
ただし、改稿史そのものを本稿の主題にはしない。
9|Development Guards
今回の採取と執筆で残った見張り札。
Observation first. Interpretation later.
Occurrence first ≠ Interpretation first
Surface family ≠ Same grammatical function
Frequency ≠ Function
Same family ≠ Same Work
Same この ≠ Same Work ?
Same そこ ≠ Same Work ?
此処 ≠ every こ
其処 ≠ every そ
Absence ≠ Intention
Zero occurrence ≠ Deliberate avoidance
One text ≠ Japanese language
One version ≠ Every version
無彼 ≠ 無遠方
無彼 ≠ 無不在
無彼 ≠ 無未知
無彼 ≠ 無或
改稿後のZero ≠ 初出のZero
10|Development Trace
今回の順序は、実際にはきれいではなかった。
最初に「あ」がないことへ気づいた。
そこから公開稿を書き始めた。
そのあと、
全件採取を先に確定していなかった
ことに気づいた。
そこで本文へ戻った。
全件採取台帳をつくった。
引用地点を固定した。
すると、最初の読みのいくつかが動いた。
「この上」の読みが動いた。
「そこへ」の読みが動いた。
「作者」が現れた。
「或る」が現れた。
さらに結末の版の違いが現れた。
つまり、
Draft → Inventory → Audit → Re-writing
となった。
最初のDraftが間違いだったから捨てた、ということではない。
Draftがあったから、
どこで本文より先に歩いていたか
が見えた。
したがって、以下に初期稿をそのまま残す。
完成へ向かう直線的な履歴としてではなく、
WorkのTraceとして。
Appendix A|Public Draft v0.1
Written before the full inventory and quotation audit.
無彼の羅生門
── 此処と其処の楼上
彼はいない。
老婆はいる。
死人もいる。
下人もいる。
鴉もいる。
けれど、彼はいない。
正確に言おう。
芥川龍之介『羅生門』を、こ・そ・あ・どを拾いながら読んでみた。
すると、「こ」がいる。
「そ」がいる。
「ど」もいる。
ところが、「あ」がいない。
少なくとも、青空文庫版『羅生門』の本文には、「あの」「あれ」「あそこ」「ああ」といった典型的な「あ」系列の指示詞が、一度も現れない。
だから、とりあえず名前をつけてみた。
無彼の羅生門。
もちろん、芥川が意図的に「あ」を避けた、と言いたいわけではない。
Absence ≠ Intention.
一つの作品に「あ」が現れないからといって、日本語について何かが分かったわけでもない。
ただ、ない。
そして、ないまま、小説は最後まで書かれている。
1|「この男」は、どこにいる
物語は、羅生門の下から始まる。
雨やみを待っている下人がいる。
語り手は、その下人を繰り返し「この男」と呼ぶ。
さらに、
「この二三年」
「この門」
「この平安朝」
と、「こ」が次々に現れる。
妙なのは、語り手が下人の隣に立っているわけではないことだ。
少なくとも、「この男」を、語り手の身体からの物理的距離だけで説明することは難しい。
では、何が「この」なのか。
まだ分からない。
ただ、「こ」は近距離を測る物差しとしてだけ働いているわけではなさそうだ。
2|まだ上っていないのに、「この上」
下人は、門の下にいる。
雨風をしのいで一晩眠れそうな所を探している。
そこで梯子を見つける。
その梯子は、門の上の楼へ続いている。
下人は上り始める。
そして途中で、上に誰かがいることに気づく。
ここで本文は、まだ下人が到着していない楼上を、
「この上」
と呼ぶ。
さらに、
「この雨の夜に、この羅生門の上で」
と書く。
下人の身体は、まだ梯子の途中にある。
それでも、楼上は「この上」になる。
「こ」は、身体がすでに到着している場所だけにつくわけではないらしい。
何に近いのか。
誰に近いのか。
あるいは、「近い」という言い方そのものが適切なのか。
ここでも、まだ決めない。
梯子を上る。
3|「どこへ行く」
楼上には、死人が転がっている。
そして老婆がいる。
老婆は死人の髪を抜いている。
下人はそれを見つける。
やがて梯子から飛び上がり、老婆の前へ歩み寄る。
老婆は逃げようとする。
そこで下人が言う。
「おのれ、どこへ行く。」
面白い。
「どこ」と尋ねている。
しかし下人は、老婆の目的地を知ってから行動しようとしているわけではない。
答えを待たない。
行手を塞ぐ。
老婆を行かせまいとする。
「どこへ行く」は、たしかに問いの形をしている。
けれど、この場面でしている仕事は、行き先についての情報収集だけではなさそうだ。
どこへ行く。
そして、行かせない。
「どこ」が開いたように見えた瞬間、身体は止められる。
4|そこへ
二人は、死人の中でつかみ合う。
下人は老婆の腕をつかむ。
そして、
「無理にそこへねじ倒した。」
と書かれる。
そこ。
どこだろう。
二人がつかみ合っている死骸の中、その床、その場。
そう読むことはできる。
しかし本文は、「そこ」を一つの座標として改めて指定してくれない。
それでも、「そこへ」で通じる。
ここは、急いで場所を確定しないほうが面白い。
そこ=どこ?
「そこ」は、いつも先に確定した地点の名前なのだろうか。
5|老婆の「ここ」
やがて下人は老婆を問い詰める。
なぜ死人の髪を抜いていたのか。
老婆は答える。
そして、自分の行為を弁明しながら言う。
「じゃが、ここにいる死人どもは……」
ここで「ここ」が出る。
これは語り手の「この」ではない。
老婆自身の言葉だ。
老婆がいる。
下人がいる。
死人たちがいる。
その楼上を、老婆が、
ここ
と呼ぶ。
同じ羅生門の楼上である。
しかし作品は、それを一つの名前で固定してはいない。
「この上」になり、
「そこ」になり、
老婆の口から、
「ここ」
になる。
同じ場所なのか。
同じ場所なら、なぜ呼び方が動くのか。
違う場所なのか。
まだ決めない。
ただ、楼上で、
此処と其処が動いている。
6|そこから
老婆の話を聞いた下人は、老婆の着物を剥ぎ取る。
そして梯子を駆け下りる。
老婆は倒れている。
しばらくして起き上がる。
火の光を頼りに、梯子の口まで這っていく。
そこで本文は、
「そこから」
と書く。
老婆は、そこから門の下を覗きこむ。
今度の「そこ」は分かりやすい。
直前にあるのは、梯子の口。
そこまで這っていった。
そこから覗く。
同じ「そこ」でも、先ほどの「そこへ」より、何を受けているかが見えやすい。
Same そこ ≠ Same Work ?
そんな問いも出てくる。
だが、まだ答えなくていい。
老婆が見た門の下には、
ただ黒い夜がある。
そして物語は終わる。
7|彼処がない
下人は、楼上を去った。
梯子を下りた。
夜の中へ消えた。
しかし、
「あそこへ行った」
とは書かれない。
彼方へ行った、とも書かれない。
最後に残されるのは、
下人の行方を誰も知らない
ということだけだ。
ここで、最初の採取結果へ戻る。
この作品には、「あの」「あれ」「あそこ」「ああ」といった典型的な「あ」系列が見当たらない。
しかし、遠くはある。
雨音は「遠くから」集まってくる。
不在もある。
未知もある。
最後には下人そのものが、見えなくなる。
だから、
無彼 ≠ 無遠方
無彼 ≠ 無不在
無彼 ≠ 無未知
「あ」がないから、遠くがないわけではない。
「あ」がないから、見えないものがないわけでもない。
そして、「あ」がなくても、小説は終わる。
8|無彼の羅生門
なぜ「あ」がないのか。
今回は、問わない。
芥川が意図的に避けたのか。
それも、問わない。
「そ」が「あ」の代わりをしているのか。
それも、まだ問わない。
Zero occurrence ≠ Deliberate avoidance.
Absence ≠ Intention.
One text ≠ Japanese language.
まずは、そこにあるものを読む。
「この男」がいる。
「この上」がある。
「どこへ行く」と問う。
「そこへ」老婆を倒す。
老婆は「ここにいる死人ども」と語る。
最後には梯子口まで這い、
「そこから」下を見る。
此処がある。
其処がある。
何処もある。
彼処がない。
だから、とりあえず、
無彼の羅生門。
此処と其処の楼上を、
まずは、そこから読んでみた。
……そこから?
Development Notes|無彼の羅生門
Observation first. Interpretation later.
Absence ≠ Intention.
Zero occurrence ≠ Deliberate avoidance.
One text ≠ Japanese language.
Frequency ≠ Function.
無彼 ≠ 無遠方.
無彼 ≠ 無不在.
無彼 ≠ 無未知.
Same そこ ≠ Same Work ?
「無彼」=発見につけた名前。理論ではない。
今回は、Bühlerも佐久間鼎も、LOCUSも、5W1Hも、字源も入れない。
羅生門の楼上から降りない。
ただし下人は、もういない。
Text used: 芥川龍之介『羅生門』、青空文庫新字新仮名版。底本「芥川龍之介全集1」ちくま文庫、初出『帝国文学』1915年11月号。青空文庫ファイルは2022年7月16日修正。
Appendix B|Public Draft v0.2
Written before the full inventory and quotation audit.
無彼の羅生門
── 此処と其処の楼上
彼はいない。
老婆はいる。
下人もいる。
死人もいる。
鴉もいる。
けれど、彼はいない。
芥川龍之介『羅生門』を、こ・そ・あ・どを拾いながら読んでみた。
すると、「こ」がいる。
「そ」がいる。
「ど」もいる。
ところが、「あ」がいない。
少なくとも、青空文庫版『羅生門』の本文には、「あの」「あれ」「あそこ」「ああ」「あんな」といった典型的な「あ」系列の指示詞が見当たらない。
だから、とりあえず名前をつけてみた。
無彼の羅生門。
もちろん、芥川が意図的に「あ」を避けた、と言いたいわけではない。
Absence ≠ Intention.
一つの作品に「あ」が現れないからといって、日本語について何かが分かったわけでもない。
ただ、ない。
そして、ないまま、小説は最後まで書かれている。
1|「この男」
物語は、羅生門の下から始まる。
雨やみを待つ下人がいる。
本文は、その下人を繰り返し、
「この男」
と呼ぶ。
ほかにも、
「この二三年」
「この門」
「この平安朝」
「この局所」
と、「この」が何度も現れる。
ここで、まず立ち止まりたくなる。
「この男」の「こ」は、何をしているのだろう。
登場人物との物理的な距離だけでは、うまく説明できそうにない。
何に近いのか。
誰に近いのか。
そもそも、「近い」という言い方でよいのか。
まだ決めない。
先へ行く。
2|まだ上っているのに、「この上」
下人は、一晩眠れそうな場所を探す。
門の上の楼へ続く梯子を見つける。
上りはじめる。
そして、梯子の中段から楼上を窺う。
そのとき本文は、
「この上にいる者」
と書く。
下人はまだ楼上へ到着していない。
それでも、
「この上」
である。
さらに、
「この雨の夜に、この羅生門の上で」
と続く。
「こ」は、身体がすでに到着した場所だけに現れるわけではないらしい。
だからといって、ここで「こ」の意味を決める必要もない。
下人と一緒に、もう少し上る。
3|「どこへ行く」
楼上には死人が転がっている。
その中に老婆がいる。
死人の髪を抜いている。
下人が姿を現すと、老婆は逃げようとする。
そこで下人が言う。
「おのれ、どこへ行く。」
「どこ」と尋ねている。
しかし、その直後、下人は老婆の行手を塞ぐ。
老婆が押しのけようとする。
下人が押し戻す。
行き先について答えを得てから行動するわけではない。
「どこへ行く」は、たしかに問いの形をしている。
けれど、この場面でしている仕事は、行き先についての情報収集だけではなさそうだ。
どこへ行く。
そして、
行かせない。
4|「そこへ」
二人は、死骸の中でつかみ合う。
やがて下人は老婆の腕をつかみ、
「無理にそこへねじ倒した」
と書かれる。
直前には、
「二人は死骸の中で」
とある。
だから「そこ」は、その場、死骸の中を受けているようにも読める。
けれど、「そこ」という地点が、あらかじめ名前を与えられて置かれていたわけではない。
死骸の中でつかみ合う。
そして、
そこへ
老婆をねじ倒す。
まずは、それだけ拾っておく。
5|老婆の「ここ」
下人は老婆を問い詰める。
なぜ死人の髪を抜いていたのか。
老婆は答える。
自分の行為を弁明しながら言う。
「じゃが、ここにいる死人どもは……」
ここ。
今度は、老婆自身の言葉だ。
本文には、それまでにも大量の「こ」と「そ」が現れていた。
「この男」
「この門」
「その死骸」
「その老婆」
「そこで」
「それから」。
それらを全部、同じ働きだと考える必要はない。
Same family ≠ Same Work.
「この」と「ここ」は同じではない。
「その」と「そこ」も同じではない。
それでも、この楼上では、「こ」と「そ」がさまざまな形で働き続けている。
そして老婆自身が、
ここ
と言う。
6|「そこから」
老婆の話を聞いた下人は、老婆の着物を剥ぎ取る。
そして梯子を駆け下りる。
しばらくして、老婆が起き上がる。
火の光を頼りに、
「梯子の口まで」
這っていく。
その直後、
「そこから」
門の下を覗きこむ。
この「そこ」は分かりやすい。
直前にある「梯子の口」を受けている。
先ほどの「そこへ」と、同じ「そこ」。
けれど、同じようには働いていないように見える。
Same そこ ≠ Same Work ?
問いだけ置いておく。
老婆がそこから見下ろした外には、
ただ、
「黒洞々たる夜」
がある。
7|彼処がない
下人は楼上を去った。
梯子を駆け下りた。
夜の底へ消えた。
けれど、
「あそこへ行った」
とは書かれない。
そして最後に残るのは、
「下人の行方は、誰も知らない。」
最初の採取結果へ戻る。
この『羅生門』には、典型的な「あ」系列が見当たらない。
しかし、遠くはある。
雨は、
「遠くから」
音を集めて来る。
不在もある。
未知もある。
最後には、下人の行方そのものが分からなくなる。
だから、
無彼 ≠ 無遠方
無彼 ≠ 無不在
無彼 ≠ 無未知
「あ」がないから、遠くがないわけではない。
「あ」がないから、見えないものがないわけでもない。
そして、
「あ」がなくても、小説は終わる。
8|無彼の羅生門
なぜ「あ」がないのか。
今回は、解かない。
芥川が意図的に避けたのか。
分からない。
「そ」が「あ」の代わりをしているのか。
それも、まだ決めない。
Zero occurrence ≠ Deliberate avoidance.
Absence ≠ Intention.
One text ≠ Japanese language.
「あ」がないから何が欠けているのか、と考える前に、
「あ」がないところで、何が起きているのかを見る。
「この男」がいる。
「この上」がある。
「どこへ行く」と問う。
「そこへ」老婆を倒す。
老婆は、
「ここにいる死人ども」
と語る。
最後には梯子口まで這い、
「そこから」
下を見る。
「こ」がある。
「そ」がある。
「ど」もある。
「あ」がない。
だから、とりあえず、
無彼の羅生門。
此処と其処の楼上を、
まずは、
そこから
読んでみた。
……そこから?
Development Notes|無彼の羅生門
Observation first. Interpretation later.
Absence ≠ Intention
Zero occurrence ≠ Deliberate avoidance
One text ≠ Japanese language
Frequency ≠ Function
Surface family ≠ Same grammatical function
Same family ≠ Same Work
Same そこ ≠ Same Work ?
此処 ≠ every こ
其処 ≠ every そ
無彼 ≠ 無遠方
無彼 ≠ 無不在
無彼 ≠ 無未知
「無彼」=採取結果につけた仮の名前。説明ではない。
今回は、一般的な指示詞論へ行かない。
比較作品へ行かない。
字源へ行かない。
「処」へも行かない。
作者の意図へも行かない。
『羅生門』の楼上にとどまる。
ただし、
下人は、もういない。
使用本文
芥川龍之介「羅生門」青空文庫。底本『芥川龍之介全集1』ちくま文庫、初出『帝国文学』1915年11月号。青空文庫ファイルは1997年公開、2022年7月16日修正。
v0.3 公開稿 CABA-03-K-01|無彼の羅生門 ── 此処と其処の楼上
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| Drafted Sep 26, 2026 · Revised Sep 26, 2026 |