TUP-DN-06|Recurrence / Re-occurrence
What Makes an Again?
「また」と「もう一度」は何が違うのか
The same thing happens again.
Something happens again through what happened before.
TUP-DN-05|What Does Trace Add?|Translation Gain Test ── Dog / AI / Homo sapiens
この二つは同じだろうか。
前稿では、Traceを使わずにかなり遠くまで記述できた。
Difference.
Association.
Effect.
Relation.
Persistence.
それでもTraceは必須ではなかった。
最後に残った候補は、
recurrence
と
re-occurrence
のdifferenceだった。
同じようなことが再び起きた。
それだけなのか。
それとも、
以前に起きたことを何らかのかたちで経て、再び起きたのか。
ここを区別できるなら、Traceにはまだ仕事があるかもしれない。
1|Recurrence
コインを投げる。
表が出る。
もう一度投げる。
また表が出る。
二回の結果は似ている。
しかし通常、二回目の表が、一回目の表をなぞったとは言わない。
一回目の表が、二回目に残ったとも言わない。
単に、同じ結果が再び生じた。
これは、
recurrence
と呼べる。
少なくとも、similarityだけならここまでで足りる。
2|Dog
犬がある店の前を通る。
偶然、店の方向を見る。
翌日も、同じ場所で同じ方向を見る。
これだけなら、recurrenceかもしれない。
ところが、
初日に店へ入り、ご褒美を食べる。
翌日、犬が自発的に店へ向かう。
われわれは急に、二日を別の仕方で読みたくなる。
単なるrecurrenceではない。
昨日を経た今日
として読みたくなる。
なぜだろう。
3|AI
AIに同じ問いを二回する。
独立した二つのsessionで、偶然ほぼ同じ回答が生成された。
これはsimilarityで説明できる。
recurrenceでよい。
では二回目のsessionに、一回目の回答をcontextとして与えたらどうか。
二回目の回答が、一回目の語彙を拾い、続きを書き、修正し、別の方向へ展開する。
このとき、
われわれは単なるrecurrenceとは呼びにくくなる。
二回目が一回目を経ている
ように見える。
4|Homo sapiens
人間が同じ本を二度読む。
一度目。
二度目。
印刷されている文字列は同じである。
しかし二度目には、一度目の読書そのものが、読書条件の一部になりうる。
「前はここを読み落としていた」
「この一文、こんな意味だったのか」
「昔は好きだったのに、いまは違って見える」
二度目は、一度目と同じEncounterではない。
ここで、
Again
が立ち上がる。
5|Again ≠ Repetition
同じことを繰り返せば、Againになるのだろうか。
そうではなさそうだ。
Repetition
は、同型の出来事が複数回起きることを記述できる。
しかしAgainには、単なる回数以上のものがある。
二度目が、
二度目として現れる。
つまり、
beforeがlater Encounterのconfigurationに何らかの仕方で参与している。
そう言いたくなる。
しかし、まだTraceとは呼ばない。
6|Recurrence / Re-occurrence
ここで暫定的に二つを分ける。
Recurrence
似たconfigurationが再び生じる。
Re-occurrence
prior occurrenceを経たconfigurationとして、later occurrenceが生じる。
重要なのは、結果のsimilarityではない。
re-occurrenceでは、
later occurrenceの成立条件に、prior occurrenceとの何らかのrelationが含まれる。
少なくとも、そう記述したくなる。
7|でも「経た」とは何か
問題は、
through what happened before
である。
「以前を経た」
とは何を意味するのか。
何かが保存されたのか。
何かが運ばれたのか。
内部状態が変化したのか。
later configurationの条件が変わったのか。
それとも、観察者が二つを一つの系列として読んだだけなのか。
ここで、Traceがまた近づいてくる。
しかしまだ呼ばない。
8|同じ結果、違う履歴
二つのAIを考える。
AI-Aは、昨日の会話を一切参照していない。
AI-Bは、昨日の会話をcontextとして持っている。
今日、二つが完全に同じ文章を出力したとする。
outputだけ見れば同じである。
しかし履歴は違う。
Same output.
Different history.
このdifferenceを、output similarityだけでは記述できない。
ここで必要なのは、結果のdifferenceではなく、
how this configuration came to be
のdifferenceである。
9|同じ履歴、違う結果
逆もある。
同じ昨日の会話を与えた二つのAIが、今日は異なる回答を生成する。
犬も、昨日ご褒美をもらったからといって、毎回同じ行動をするとは限らない。
人間も、同じ経験から同じ判断をするとは限らない。
つまり、
prior occurrenceとのrelationがあっても、later configurationの同一性は保証されない。
だから、
Re-occurrence ≠ Reproduction.
そして、
Re-occurrence ≠ Copy.
ここでZURERUが入る余地ができる。
10|History without Identity
ここで前稿の候補、
non-identical continuity
をもう一度疑う。
continuityという語は、何か同じものが続いているように聞こえる。
しかし必要なのは、identityの保存ではないのかもしれない。
むしろ、
history without identity
と呼んだほうがよい可能性がある。
同じものが続いているのではない。
later configurationが、
history-freeではない。
これなら、保存物を仮定しなくてよい。
11|History-Free / History-Bearing
ここで新しい比較ができる。
History-Free Recurrence
似たconfigurationが再び生じたが、prior occurrenceとのrelationを必要としない。
History-Bearing Re-occurrence
later configurationを記述するために、prior occurrenceとのhistoryを無視できない。
これなら、Traceをまだ使わずに、recurrence / re-occurrenceを区別できる。
では、
Traceはやはり不要なのか。
12|Traceを一度だけ入れる
ここでTraceを導入する。
A Trace marks that a later configuration is not history-free.
どうだろう。
これならTraceは、
保存されたsomethingではない。
物でもない。
memory substanceでもない。
過去から未来へ運ばれる荷物でもない。
Traceは、later configurationを、
history-free recurrenceではなく、history-bearing re-occurrenceとして区別する
ための語になる。
これはTranslation Gainだろうか。
13|しかし誰がmarkするのか
すぐに問題が起きる。
marks
とは何か。
Trace自身がmarkするのか。
観察者がmarkするのか。
systemのconfigurationにdifferenceがあるのか。
later Encounterで初めて区別されるのか。
そして、history-bearingであることが確認できなくても、Traceはあると言えるのか。
Tracehood問題が再び戻る。
だから、
前節の文を定義にはしない。
テスト文として置くだけにする。
14|Dog / AI / Homo sapiens Again
犬が翌日、店へ向かう。
それは単なるrecurrenceなのか。
昨日を経たre-occurrenceなのか。
AIが昨日のcontextを使って今日の文章を書く。
それは単なるsimilar outputなのか。
history-bearing generationなのか。
人間が同じ本を二度読む。
それは同じ文字列との二回のEncounterなのか。
それとも、一度目を経たAgainなのか。
三者に共通して問題になるのは、memoryの形式ではない。
同じ内部実装でもない。
同じ主体性でもない。
問題になるのは、
later configurationがhistory-freeかどうか
である。
15|NAZORU
ここでNAZORUが別の顔を見せる。
NAZORUとは、同じものを再現することではない。
prior configurationを経ながら、later configurationを生成するpracticeだとすれば、
NAZORUは、
re-occurrenceを生む一つのmanner
として位置づけられる可能性がある。
ただし、すべてのre-occurrenceがNAZORUなのかは分からない。
物質もhistory-bearingになりうるからである。
だから、
NAZORU ≠ Re-occurrence.
ここも等号を置かない。
16|ZURERU
そしてZURERU。
re-occurrenceは、同じ結果を要求しない。
むしろ、historyをbearingしながら、configurationは変わりうる。
だから、
History-bearing ≠ Identity-preserving.
ここにZURERUが入る。
prior occurrenceを経る。
しかし、同じにはならない。
re-occurrence can ZURE.
いや、これもまだ言い切らない。
ただ、
ZURERUはre-occurrenceと矛盾しない。
17|「効く」の再審
ここで「効く」を戻してみる。
以前の、
Traceがlater relationに効く
という言い方では、
Traceが作用主体に見えた。
しかし、recurrence / re-occurrenceの区別から見ると、
「効く」は別の意味で読めるかもしれない。
prior occurrenceを取り除いたとき、later configurationの成立条件または分布が変わる。
そのdifferenceを、
「効いた」
と呼ぶ。
これなら、Traceというsomethingが作用した、と言う必要はない。
「効く」は、
history dependence
についての記述になる。
ただし、
effectとhistory dependenceが同じなのかは、まだ監査が必要である。
18|Again
Againは、二度目という番号ではない。
単なるrepetitionでもない。
similarityでもない。
Again requires a before.
しかし、beforeがあるだけでも足りない。
beforeが、later Encounterのconfigurationに何らかの意味で参与するとき、
二度目は、ただの二回目ではなくなる。
それを、Againと呼びたくなる。
19|Traceの仕事候補
Translation Gain Testを通して、
Traceの仕事はかなり狭くなった。
Traceは、
differenceそのものではない。
effectそのものでもない。
relation一般でもない。
persistenceそのものでもない。
identityの保存でもない。
もしTraceに仕事が残っているなら、
それは、
history-free recurrence と history-bearing re-occurrence を区別すること
なのかもしれない。
まだ、
「Traceとはこれである」
とは言わない。
ただ、ここには確かに、
Traceという語を導入したくなるdifferenceがある。
20|Next Trial
しかし次の問題が待っている。
history-bearing
とは何か。
historyはどこにあるのか。
systemにあるのか。
relationにあるのか。
observerにあるのか。
later Encounterで生成されるのか。
そして、history-bearingであることと、
「Traceが効く」ことは、
本当に同じなのか。
Recurrence happens again.
Re-occurrence happens after—and perhaps through—what happened before.
その perhaps through に、
Traceは必要なのか。
次に裁くのは、
そこだ。
TUP-DN-07|History-bearing は、どこにあるのか|Where Is History? ── System / Relation / Observer
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