ゼロの焦点と lag
── 一体・二体・多体問題の再配置
導入
多体問題は「解けない」と言われてきた。
一方で、二体問題は「解けた」と考えられてきた。
この対比は、物理学の歴史の中でほとんど疑われることなく受け入れられている。
その安心感の背景には、もうひとつの前提がある。
それは、重力は引力であるという理解である。
引力は中心を要求し、中心は安定を約束する。
中心があるかぎり、系は「理解されたように見える」。
しかし本稿は、この前提を一度すべて保留する。
ここで問いたいのは、「どのように解いたか」ではなく、「何を見えなくしたか」 である。
Section 1|一体・二体・多体という見え方
ひとりのときは関係を忘れ、関係に安心すると lag を忘れ、lag の中ではゼロを探す。
この短い文は、物理的な問題設定をそのまま言い換えている。
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一体問題とは、関係が不可視化された状態である
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二体問題とは、lag が不可視化された状態である
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多体問題とは、非ゼロが不可視化された状態である
一体問題では、対象は孤立しているように見える。
そこでは相互作用は背景に退き、関係そのものが消去される。
二体問題では、関係は可視化される。
しかしその関係は同時的であり、遅れを持たないものとして扱われる。
lag は極限として吸収され、問題設定から姿を消す。
多体問題では、lag が分散する。
分散した lag は中心を持たず、結果として「どこにもゼロが見つからない」。
このとき問題は「解けない」と呼ばれる。
Section 2|二体問題は「解けていた」のか?
二体問題が解けたとされる理由は明確である。
運動は周期的であり、軌道は閉じている。
しかし、周回軌道は力の解ではない。
それは履歴が回収された結果である。
遅れ(lag)は消えたのではない。
極限環(limit cycle)として折り畳まれただけである。
この折り畳みは、非同期性を消去する。
履歴は保存されるが、遅れは見えなくなる。
二体問題が「解けた」という評価は、実際には「lag を見ないですむ形に整えた」という意味に近い。
解は存在したのではなく、問題が静かになったのである。
Section 3|多体問題は「なぜ解けなかったのか」
多体問題において、人々は同じことを繰り返してきた。
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中心を探した
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ゼロを仮定した
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保存量を求めた
しかし多体問題の本質は、lag が分散しており、中心を持たないことにある。
遅れはどこかに集約されるのではなく、関係そのものとして空間に広がる。
このとき、ゼロは存在しない。
存在しないものを探し続ければ、問題は「失敗」に見える。
だが失敗したのは問題ではない。
The many-body problem did not fail.
We failed to stop looking for a center.
Section 4|重力と引力の分離(落下と支え)
落下は単純である。
支えは複雑である。
落下は方向を与えるが、支えは履歴を要求する。
私たちが「重さ」と呼んでいるものは、引力そのものではない。
それは lag を引き受けよという要求である。
支えるという行為は、遅れを消去するのではなく、保持することで成立する。
重力を引力と同一視した瞬間、この要求は力に変換され、lag は再び不可視化される。
しかし lag を力に還元しないならば、重さは関係の密度として現れる。
結論
二体問題は、解かれていなかった。
多体問題は、失敗していなかった。
The two-body problem was never solved;
the many-body problem never failed.
中心を探す視点を手放したとき、問題は崩壊するのではなく、再配置される。
そこに現れるのはゼロではなく、消えない lag である。
そして、その lag こそが 生成を止めない条件である。
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