PS-NL07|責任論──自己言及構文と交渉リベラリズム(死者責任論を含む)

序論

従来の責任論は、主として三つの文脈で展開されてきた。第一に、法的主体論における責任──主体が法的権利能力と行為能力を備える限りで責任を問われるという枠組み。第二に、規範論としての責任──外在的な規範や命令に基づいて「すべきこと」を果たすか否かで裁定される責任。第三に、意識論における責任──自由意志や意識的選択を前提とする道徳的責任。
しかし、これらはいずれも主体を固定的に前提する点で限界を抱えている。主体を自明の起点とする責任論は、AIや分散的行為主体が登場する現代においては十分に機能しない。

本稿の提案は、責任を「自己言及構文」として再定義することである。責任は主体の属性ではなく、行為が痕跡を残し、他者と共有され、未来に開かれる構文現象として理解されるべきだ。
そのために本稿では、位相点・痕跡・他者性・更新可能性という四つの軸から責任を再構築する。


第一章 位相点と痕跡

責任の第一条件は、行為が存在する座標──すなわち位相点にある。
人はある時空の一点で行為をなすが、その行為自体は瞬間に消え去る。行為が責任として残るためには、自己言及によって痕跡化される必要がある。

たとえば「私はそれをした」と言語化することで、行為は痕跡となり、他者に参照されうる形をとる。責任とは、行為が自己言及を通じて痕跡を残すことにほかならない。責任とは、残された痕跡であり、自己言及する構文である。


第二章 構文と他者性

言語=記号は本質的に共有された構文である。
したがって「私は〜した」という自己言及は、孤立したモノローグではありえない。発話された瞬間、その構文は必然的に他者を巻き込み、参照されうるものとなる。

この視点から見ると、責任は単なる「主体の内的義務」ではなく、他者性を含んだ構文現象として立ち上がる。
従来の「説明責任」という概念も、ここでは「応答性」として再定義される。つまり責任とは、他者からの問いかけに開かれ、応答可能性を備えた自己言及構文なのである。


第三章 責任の三性モデル

責任を「交渉的自己言及構文」として捉えるとき、その成立条件は三つの性質に整理される。

  1. 接続性(Connectivity)
    行為の痕跡が過去・現在・未来をつなぎ、時間的連続の場を形成する。

  2. 応答性(Responsiveness)
    痕跡が他者に開かれ、問いに応答する潜在性を持つ。

  3. 更新可能性(Updatability)
    責任が未来に向けて修正・補償・転換される余地を残す。

この三性によって、責任は単なる義務ではなく、自己言及構文が交渉を通じて生成され続ける現象として理解できる。

1. 接続性(Connectivity)

責任は、単なる点的な出来事ではなく、痕跡を通じて過去・現在・未来を結ぶ構文である。
行為が痕跡化されることで、過去の自分と現在の自分が接続され、さらにその痕跡は未来に向けた可能性を開く。
接続性とは、責任を時間的連続の場に位置づける力である。

2. 応答性(Responsiveness)

自己言及構文は、必然的に他者に開かれる。
「私は〜した」という発話や記録は、常に他者の視線や問いを呼び込み、説明を求められる潜在性を持つ。
責任はこのとき、他者への応答可能性として現れる。
応答性とは、責任を対話的出来事として成立させる条件である。

3. 更新可能性(Updatability)

責任は過去に閉じたものではなく、未来に向けて修正・補償・継続・転換されうる。
行為が痕跡として残り、応答が交渉の場を開くとき、そこには新たな行為の可能性が生じる。
更新可能性とは、責任を未来への余白を含んだ構文として保証するものである。


小結

以上の三性──接続性・応答性・更新可能性──によって、責任は単なる「義務」や「規範」ではなく、生きた自己言及構文として立ち上がる。
責任とは、行為が痕跡を残し、他者に開かれ、未来へ更新され続ける場の現象である。


第四章 交渉リベラリズムとの接続

本稿で提示した「責任=交渉的自己言及構文」は、交渉リベラリズム(Negotiation Liberalism, NL)の理論的基盤として位置づけられる。従来のリベラリズムが合意や契約を社会秩序の中核に置いてきたのに対し、交渉リベラリズムはむしろ合意の不可能性更新可能性を前提に据える。その意味で、責任の三性モデル(接続性・応答性・更新可能性)は、交渉リベラリズムを倫理的に支える構造を明らかにする。

1. 合意より更新

従来の政治哲学では、責任は契約や合意に基づくものとして語られてきた。しかし、現実の社会では、合意はしばしば脆弱であり、異議やズレが絶えず生じる。
責任を「更新可能性」と結びつけると、合意そのものが最終目的ではなく、絶え間ない修正と再調整のプロセスが重視される。責任は固定的な義務ではなく、交渉を通じて生成・更新され続ける出来事である。

2. 他者性と応答

交渉リベラリズムにおいて重要なのは、他者性を排除せずに取り込むことだ。
責任を「応答性」として捉えることで、責任は単なる自己の一貫性保持ではなく、他者からの問いかけに対して開かれる対話的構文として成立する。ここで責任は、相互承認や異議申し立てを交渉の契機として取り込む。

3. 接続性と持続可能な社会

責任の「接続性」は、社会を過去・現在・未来の関係として持続させる力を持つ。
過去の痕跡が消去されることなく、未来の可能性に開かれることで、責任は時間的持続性を保証する装置となる。交渉リベラリズムは、この接続性を制度設計に埋め込むことで、硬直化した契約主義を超える。


小結

責任を「交渉的自己言及構文」として捉えるとき、それは交渉リベラリズムの倫理的中核となる。

責任とは、合意を超えて交渉を生み出し続ける構文であり、交渉リベラリズムとは、この責任構文を社会全体に制度化する試みである。


第五章 死者と責任

責任を「交渉的自己言及構文」として捉えるとき、最も困難な問いのひとつが「死者に責任はあるのか」である。死者は痕跡を残しつつも、もはや応答や更新の可能性を持たない。この断絶が、責任の限界を照らし出す。

1. 痕跡としての死者

死者の言葉や行為は、痕跡として確かに残る。
遺言、記録、証言、記憶──それらは死後もなお参照され、社会に影響を与え続ける。
しかし、その痕跡はもはや本人によって更新されることはない。

2. 応答の断絶

責任の条件である「応答性」は、死者において決定的に失われる。
死者は問いに答えることができず、自己言及を続けることもできない。
この断絶は、責任が根源的に「生者の構文」であることを示す。

3. 継承された責任

しかし、死者の痕跡は社会の中で他者に読み取られ、しばしば「継承された責任」として働く。
たとえば歴史的加害の責任、あるいは未解決の約束は、遺された人々によって引き受けられる。
ここで責任は「個人属性」から「関係構文」へと拡張され、死者の痕跡を媒介にして新たな交渉が立ち上がる。

4. 責任の時間構文

責任は生者においては「接続・応答・更新」の三性を持つが、死者においては更新が断絶する。
それでも痕跡が残る限り、他者が応答し、未来へ接続する可能性は消えない。
したがって、死者の責任は「未完の構文」として社会に漂い続ける。


小結

死者の責任は本人によって完結することはない。
それは痕跡として残り、他者によって読み直され、継承される。
責任とは、死者においては途絶しつつも、他者による更新可能性に開かれた未完の構文として生き続けるのである。


結論

本稿は、責任を「主体の属性」や「外在的規範の適用」としてではなく、構文現象として再定義する試みであった。責任は、位相点における行為が自己言及を通じて痕跡化し、他者に開かれ、未来へと更新されることで立ち上がる。

責任の成立条件は、以下の三性によって明確化される。

  1. 接続性──痕跡を通じて過去・現在・未来をつなぐ。

  2. 応答性──他者の問いに対して開かれる。

  3. 更新可能性──未来において修正・継続・転換されうる。

この三性によって、責任は単なる義務ではなく、交渉的自己言及構文として成立する。責任は孤立した「内的義務」ではなく、他者との交渉を通じて生成し続ける出来事である。

交渉リベラリズムは、この責任構文を社会的・制度的な原理として位置づける。合意の不可能性を出発点とし、更新可能性を中心に据えるこの立場は、責任を「固定された規範」ではなく「変容し続ける交渉」として制度化する試みである。

さらに、死者の責任をめぐる検討から明らかになったのは、責任が未完の構文として他者に継承されうるという点である。責任は生者において完結せず、痕跡を媒介にして世代を超えて交渉を持続させる。


最終定義

責任とは──

接続して、応答して、更新する。
すなわち、責任とは 交渉的自己言及構文である。


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| Drafted Sep 28, 2025 · Web Sep 28, 2025 |