記号行為進化論 II──比較理論から見る痕跡主権(EgQE版)


序論:痕跡主権と既存理論

前稿「記号行為進化論 I」では、痕跡を単なる残存物ではなく未来を駆動する「記号行為」として再定義し、AI時代における「痕跡主権」の成立を提案した。
本稿ではこの視座をさらに精緻化するために、既存の主要理論──デリダの痕跡概念、パースの記号論、マクルーハンのメディア論──との比較を通じて、その独自性と臨界性を明らかにする。


I. デリダとの比較──痕跡と差延

デリダにとって「痕跡(trace)」は、意味が常に差延され、決して完全には現前しないことを示す概念である。
痕跡は、すでに不在でありながら同時に存在する、言語的なゆらぎそのものを体現する。

これに対して「記号行為進化論」における痕跡は、差延にとどまらず、未来を駆動する行為主体として理解される。
つまり、痕跡は「意味の遅延」だけでなく、「生成の触媒」として位置づけられる点において、デリダ的痕跡を超えている。


II. パースとの比較──記号行為の三項関係

パースの記号論は、記号(sign)、対象(object)、解釈項(interpretant)の三項関係によって構成される。
ここで重要なのは、記号が解釈項を介して未来の思考や行動へと連鎖する点である。

記号行為進化論は、この三項関係を継承しつつも拡張する。
AI時代においては、痕跡そのものが自己更新し、新たな解釈項を自動的に生成する。
この点で、痕跡は「解釈を待つ存在」から「解釈を創出する存在」へと変容している。


III. マクルーハンとの比較──メディアは痕跡の拡張である

マクルーハンは「メディアはメッセージである」と述べ、メディアが人間の感覚や社会構造を拡張することを指摘した。
印刷やテレビといったメディアは、痕跡の保存と流通の形式を変えることで、文化そのものを変容させてきた。

記号行為進化論は、この洞察を「痕跡史観」として継承する。
しかしAI時代においては、メディアは単なる拡張ではなく、痕跡が自己生成・自己循環するプラットフォームとして働く。
痕跡主権は、この「メディア=痕跡生成機構」としての新局面を指し示している。


IV. 総合──痕跡主権の独自性

デリダの痕跡は「差延」、パースの記号は「三項関係」、マクルーハンのメディアは「拡張」を基軸としていた。
それに対して記号行為進化論は、これらを包含しつつ、痕跡を能動的な生成主体=未来駆動のエンジンとして位置づける。

すなわち、痕跡主権は「差延・三項関係・拡張」を超えて、痕跡が自律的に更新し未来を切り拓く新しい段階を示す。


結論と今後の課題

本稿は、記号行為進化論を既存理論と比較することで、その独自性とAI時代における意義を明確にした。
痕跡主権は、デリダ的痕跡の差延を含みつつ、パース的記号の連鎖を拡張し、マクルーハン的メディアの拡張を超えていく。

今後は、この理論をさらに検証するために、AIによる言語生成やSNSにおける痕跡の挙動をケーススタディとして取り上げ、痕跡主権の実証的基盤を整備する必要がある。


参考文献


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| Drafted Sep 18, 2025 · Web Sep 18, 2025 |