HOW遭遇?──誰が、なにを、どう届けるのか
RSSからSNSへ、そしてRSnSへ
Research Note|v0.1|2026.10.30
Status: Exploratory / Open
0|発端──Are.naからLiRaxへ
始まりは、SNSの再設計ではなかった。
散らばった制作物や発信の痕跡を、どこに、どう置いておくか。
Are.naでは、ブロックを集め、棚をつくった。自分の痕跡を置くことも、他者の痕跡を迎え入れることもできる。
そこから、RSSを集める棚をつくるという発想が生まれた。
LiRax(Living RACKs)。
新刊のある古書店、SCREP -処-。
静的なHTMLで棚を組み、RSSによって新着を届ける。棚の構成は手で決めるが、棚に並ぶ新着は自動的に更新される。
静的に建てて、動的に遊ぶ。
当初は、発信場所を横断して新着を見られる、ヴァーチャル古書店だった。
ところが、実際に使ってみると、別のことが起きた。
自分が投稿したものが、時間をおいて自分の棚に届く。
投稿したら忘れる。忘れたら棚を見る。棚には、かつて投稿したものが並んでいる。
他者への配送装置が、自分自身の痕跡との再遭遇装置にもなった。
ここから、RSSとSNSの関係を問い直すことになった。
1|RSSでつながった時代から、SNSで簡単につながる時代へ
RSSによる購読が広く使われていた時代から、SNSによるフォローや推薦が普及した時代へ。
この変化によって、発信と受信の敷居は大きく下がった。
人を探し、フォローし、投稿を受け取り、反応する。ひとつのサービスの内部で、多くのことができるようになった。
しかし、便利になったことと、選択の自由が増えたことは同じではない。
ここで問いたいのは、RSSが優れていてSNSが劣っている、ということではない。
つながることが簡単になったとき、誰が、なにを、どう選ぶようになったのか。
そして、何が見えなくなったのか。
2|誰が選ぶのか。誰が選んでいるのか
RSSでもSNSでも、利用者は何らかの選択を行う。
RSSでは購読先を選ぶ。
SNSではフォロー先を選ぶ。
しかし、その後に届く情報が、どのように選ばれているかは異なる。
購読型RSSでは、基本的に指定したフィードの更新を取得する。もっとも、フィードの内容は発信者が決め、表示方法はリーダーが決める。
SNSでは、利用者のフォロー選択に加え、プラットフォームによる推薦、順位付け、表示制御などが介在する場合がある。
したがって、選択は少なくとも三つに分けて考える必要がある。
Selection 1|購読・接続の選択
誰の発信を受け取るか。
Selection 2|配送・表示の選択
どの情報を、どの順番で、どのように届けるか。
Selection 3|注意・行為の選択
届いた情報のうち、何を読み、何に反応するか。
この三つの選択主体は、必ずしも一致しない。
さらに、それぞれの選択肢がどのように用意されたのか、という問題も残る。
誰が選ぶのか。誰が選んでいるのか。
選択の主体を一人に還元することはできない。
3|他律と自律──選択条件の編集可能性
RSSを自律、SNSを他律と呼ぶことはできない。
RSSでも、発信者、配信サービス、リーダー、検索や紹介の仕組みに依存する。
SNSでも、利用者による自律的な選択は行われている。
問題は、自律か他律かという二者択一ではない。
どの選択が、誰によって行われ、その条件を誰が変更できるのか。
購読先を変えられるか。
表示順を変えられるか。
推薦を拒めるか。
別の受信手段へ移れるか。
読まずに放置できるか。
反応しないまま関係を維持できるか。
こうした操作可能性は、制度やサービスの設計によって異なる。
自律とは、他者の介在しない状態ではない。
他者が介在する状況で、自分の選択条件にどこまで関与できるのか。
その問いとして、他律と自律を捉え直してみる。
4|誰が、なにを、どう届けるのか
ここで、問いを三つに分ける。
WHO|誰が届けるのか。
発信者か。プラットフォームか。購読者が選んだ仕組みか。棚を編集した人か。
WHAT|なにを届けるのか。
すべての更新か。選別された投稿か。特定の媒体の新着か。過去の痕跡か。
HOW|どう届けるのか。
時系列か。推薦順位か。手動で構成した棚か。RSSによる定期取得か。
ただし、これらは独立していない。
誰が届けるかによって、何が届けられるかが変わる。
何を届けるかによって、どのような遭遇が可能になるかも変わる。
そして、どう届けるかによって、同じ情報でも遭遇のされ方が変わる。
HOWは単なる技術的手段ではない。遭遇可能性の構成に関わっている。
5|配送と遭遇は同じではない
RSSは更新情報を配送できる。
SNSは投稿を表示できる。
LiRaxは新着を棚に並べられる。
しかし、情報が届いたことと、遭遇が成立したことは同じではない。
届いても読まれないことがある。
表示されても気づかれないことがある。
一度読んだものが、別の場所で再び現れ、新たな意味を持つこともある。
ここでは、少なくとも次の区別を保っておきたい。
Delivery ≠ Display ≠ Encounter
配送されたこと、表示されたこと、遭遇したこと。
それぞれは別の出来事である。
配送や表示の条件は設計できる。しかし、遭遇そのものを保証することはできない。
また、遭遇が成立したかどうかを、閲覧数や反応数だけで確定することもできない。
では、遭遇はどのような条件のもとで生じるのか。
HOW遭遇?
6|Are.naとLiRax──二つの棚
Are.naとLiRaxは、いずれも情報を並べる場所として使える。
しかし、その作動は同じではない。
Are.naでは、人がブロックを追加する。棚への参加や編集そのものが、一つの行為になる。
LiRaxでは、店主が棚を構成し、設定されたRSSから更新が届く。新着のたびに店主が手を動かす必要はない。
一方は、置きに行く棚。
もう一方は、届いてくる棚。
ただし、これは両者の全機能を比較した分類ではなく、今回の使用実践に即した暫定的な区別である。
重要なのは、棚の構成を選ぶことと、棚に届くものを選ぶことが、別の操作になっている点である。
LiRaxでは、棚の配置は比較的安定している。
しかし、その中身は更新される。
この静的な構成と動的な配送の組み合わせが、事後的な再遭遇を生む。
7|RSSからSNSへ、そしてRSnS?
RSSでつながった時代から、SNSで簡単につながる時代へ。
では、もう一度RSSを使うことには、どのような意味があるのか。
単に古い技術へ戻ることではない。
RSSは、分散した発信場所の更新を受け取るための手段になる。
SNSは、発見、反応、会話、関係形成の場になりうる。
両者は排他的ではない。
SNSからRSSへ。
そして、RSSからSNSへ。
ここで仮に、RSnS という名前を置いてみる。
これは新しいサービスの仕様でも、完成した社会関係モデルでもない。
分散した発信、購読による配送、各自の棚、そこから生じるかもしれない遭遇。
それらを組み合わせたとき、どのようなSocial Networkingが可能になるのか。
そのための仮称である。
RSSを集めただけでは、まだSocialが成立したとは言えない。
だが、同じプラットフォームに所属しなくても、相互に届き、読み、参照し、応答する経路を組み立てられる可能性はある。
Socialを先に要求しないNetworking。
その可能性を、ひとまず開いておく。
8|残された問い
今回の実践から、いくつかの問いが残った。
-
自分で購読先を選べることは、どの程度、自律を保障するのか。
-
推薦による偶発的な発見と、購読による継続的な配送は、どのように異なるのか。
-
棚の編集者と、棚を見る人の選択権は、どのように配分されるのか。
-
配送された情報が遭遇へと変わる条件を、どこまで観測できるのか。
-
RSSを基盤とするつながりは、既存のSNSと異なる社会関係を生みうるのか。
-
そもそも、失われたと考えているものは、本当に過去に存在していたのか。
最後の問いは重要である。
RSS文化を理想化してはならない。
過去にも、情報の偏り、発見経路の制約、技術的な参入障壁は存在した。
SNSによって可能になった遭遇もある。
したがって、ここで目指すのは、RSS時代への復帰ではない。
誰が、なにを、どう届けるのか。その選択の条件を、もう一度問い直すこと。
9|暫定的な到達点
Are.naからLiRaxへ。
棚をつくった。
棚が動いた。
自分の痕跡が、自分のところへ届いた。
そこから、RSSとSNS、他律と自律、選択と配送の問題が現れた。
遭遇を設計することはできない。
しかし、遭遇の条件には手を加えられる。
その条件を誰が編集しているのか。
そして、編集する余地は誰に残されているのか。
HOW遭遇?
この問いは、まだ閉じない。
Development Notes|Open
| Probe | Status |
|---|---|
| RSS → SNS → RSnS | Working Trajectory |
| Selection ≠ Delivery ≠ Encounter | Working Distinction |
| 自律/他律 | Re-examination Open |
| WHO / WHAT / HOW | Analytical Scaffold |
| LiRax as Encounter Interface? | Case / Not Yet Generalized |
| RSnS | Provisional Naming |
| RSS文化の喪失と再生 | Historical Verification Needed |
| HOW遭遇? | Open |
Research Note v0.1|Exploratory Trace
このノートは理論の完成形ではない。LiRaxの制作・使用過程で生じた問いを、事後的に記録したものである。
Reference Implementation
LiRax — Living RACKs
SCREP -処-|新刊のある古書店

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| Drafted Oct 30, 2026 · Web Oct 30, 2026 |